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奈良県の1000件を超える国宝・重要文化財が学べるデジタルブックを作りたい!

『楽しく学べる ならの文化財』9
「都の大ひっこし」-奈良は日本の都のはじまり-

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新しいデジタルブックの作成を目指した新企画『楽しく学べる ならの文化財』です。
第9回は、『奈良の遺跡&史跡案内』の特集④を改訂する内容として、奈良県に置かれた古代の都とその変遷について紹介します。

奈良から京都、東京へ。奈良からはじまる日本の都

 奈良は、かつて日本の政治・文化の拠点だった。天皇の住居である「宮」は、6世紀末から8世紀末までの間、大阪や滋賀などに移ったこともあるが、ほとんど奈良に置かれ、奈良は日本の都だった。この間、古代日本は国家としての体制づくりを進め、それにあわせて、奈良で都移りが行われた。
 空からは、「飛鳥京」に始まり、「藤原京」を経て、「平城京」へと、都が奈良盆地を北へ北へと上がっていったことがわかる。

「飛鳥京」(6世紀末~)
 当時は、天皇が代わるごとに新しい宮が営まれるという習慣があり、「宮」は飛鳥を中心に、大和を転々としていた。飛鳥(現在の明日香村)には、飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)や飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらみや)など複数の宮があった。
 平成28年6月に、これらの宮跡を「史跡伝飛鳥板蓋宮跡」から「史跡飛鳥宮跡」に名称変更するよう文化審議会で答申があった。

「藤原京」(694年~)
 飛鳥京の北西、大和三山の囲まれた地(橿原市)に、持統天皇によって造られた都。平城京に移るまでの16年という短い間ではあったが、碁盤の目のように区画された日本初の「都城(とじょう)」であり、ここで律令制度の基礎が築かれた。
 藤原京は飛鳥京とともに、2007年「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」として、日本の世界遺産暫定リストに登録されており、奈良県で4つ目の世界遺産になる可能性を秘めている。

「平城京」(710~)
 元明天皇によって、平城(なら)の地(奈良市・大和郡山市)に造られた都。長岡京(京都)へ移る784年まで、70年以上も続いた。藤原京と同じく、碁盤の目のように区画された「都城」。この都で律令制度が確率し、天平文化が花開いた。
 以後「平安京(京都)」(794~)、「東京」(1869~)と都が移るが、古代の奈良が日本の都のはじまりであり、多くの文化財が奈良に残るのである。

『奈良の遺跡&史跡案内』38ページ

39ページ 三都の移り変わり