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奈良県の1000件を超える国宝・重要文化財が学べるデジタルブックを作りたい!

『楽しく学べる ならの文化財』12 「特集⑪ 奈良の城」-奈良の戦国時代の名残-(後編)

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新しいデジタルブックの作成を目指した新企画『楽しく学べる ならの文化財』です。
第12回は、『奈良の遺跡&史跡案内』の特集⑪を改訂する内容として、奈良県にある城跡について紹介します。今回は後編です。(活動報告の字数制限のため、2度に分けて報告します。)

古代だけじゃない!城跡から奈良の様々な歴史に思いを巡らそう!

 古代の首都だった奈良。しかし、前編では奈良の城跡から戦国時代を中心に活躍した武将の名前があがってきて、その時代も古くは鎌倉時代から江戸時代までと、幅広いことが分かりました。他の城跡はどうなっているのでしょう。

「龍王山(りゅうおうざん)城跡」
1532~1554年、橿原市の十市周辺を治めていた十市遠忠(とおいちとおただ)が築いた山城。城は南北の二つの峰にそれぞれ築かれ、二つで一つの城になる「連郭式(れんかくしき)山城」。(天理市)

「小川城跡」
鎌倉時代から安土桃山時代までこの地方の豪族だった小川氏が、戦国時代に築いたといわれている。現在は稲荷神社の敷地内に、城石碑が建てられている。(東吉野村)

「多聞(たもん)城跡」
1560年、松永久秀(まつながひさひで)によって建てられた、大和の国を支配するための中心的な城。城内には御殿などの豪華な建物が並んでいて、その美しさは宣教師ルイス・フロイスによってヨーロッパにも伝えられたという。(奈良市)

「高取城跡」
南北朝時代、南朝方だった越智邦澄(おちくにすみ)が1332年に築いたのが始まり。戦国時代、織田信長の命令で一度は使われなくなったが、豊臣秀吉の時代に筒井順慶が入り、再び利用されるようになった。(高取町)

「高安城跡(たかやすのきあと)」
高安城は、天智天皇の命令で667年に築かれた古代の山城。663年の白村江の戦いで敗れた大和朝廷が、唐や新羅の侵略に備えて城を築いたと『日本書紀』に記されている。(平群町~三郷町)

「高山城跡」
室町時代中期ころからこの地を治めていた高山氏の城跡。現在は、小高い丘に高山城の由来が書かれた掲示板と石の鳥居、十三重石塔が残されている。(生駒市)

 やはり、城跡からは奈良の様々な歴史をうかがうことができます。改訂の際は、地図で場所を記すなど、より分かりやすくしたいと思います。

『奈良の遺跡&史跡案内』98ページ

99ページ「城跡の紹介と嶋左近」