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新プロジェクト始動!「知られざる鎌倉」発掘プロジェクト第一弾!「鎌倉これあらた(維新)」!

案内板設置場所のご紹介第2弾!

2017 年 02 月 15 日 14:30

鎌倉市観光商工課
鎌倉市観光商工課
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前回に引き続き、案内板を設置する場所のご紹介をさせていただきます。
第2弾は、恐らく、掲載テーマを見ただけでは、鎌倉に設置されるとはとても思えないあの場所です。

幕末相模湾の防備を固めた八王子遠見山番所

この掲載テーマを見ただけでは、「なぜ、鎌倉に八王子の番所が?」と思われた方も多いのではないでしょうか。
かくいう筆者もその一人です。
それは、こちらの案内板を設置する予定の「小動神社」の成り立ちに由来しています。

この神社の歴史は古く、源平の合戦で活躍した近江源氏の佐々木盛綱が、江の島弁財天への参詣の途中、
この神社のある小動山に登り、その風光と松に感激し、日頃信仰する近江の「八王子宮」を移したのが始まりといわれており、
そこから、この神社の建つ「小動岬」は「八王子岬」と呼ばれたものと考えられています。
その後、1333年(元弘3年)には新田義貞が鎌倉攻めをして北条氏を滅ぼしたとき、この神社に戦勝を祈願し、
その成就の後に黄金作りの太刀と黄金を寄進したので、それを使って社殿を再興したと伝えられています。

この岬には、江戸時代のころまで、山上に1本の松の木がありました。
この松は「小動の松」と呼ばれ、その由来には諸説あるようです。
風もないのに枝葉を震わせて美しい音を発し、天女が音楽を奏でながら遊び戯れているような風情があったため、という説が一つ。
鎌倉時代、前述の佐々木盛綱が馬に乗ってこの地に来た折、ふと見ると風もないのに松が動いて琴を弾いたような
美しい音を出すので、不思議な松だといって名づけた、という説が一つ。
これとは別に、松の動きをじっと見つめると先がゆらゆら動いているようなので名づけられた、という説や、
押すと動く「小動岩」という岩があったからという説もあります。

さて、このプロジェクトで紹介するのは「幕末・維新」の時代の逸話です。
この時代の海の防備といえば、ご存知「黒船」。
ここ小動神社には、当時、ここ鎌倉でどのような体制で「黒船」への対応が行われていたのかをご紹介する案内板を設置予定です。
ご期待ください!