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歴史ある奈良の伝統の祭りと芸能の貴重な映像を未来に残したい!

「邑地の神事芸能」の映像サンプルをアップしました。

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VHS映像を短縮したものです

 奈良市邑地町は県最東端、布目川流域、京都府相楽郡南山城村の南方に位置する山間部の農村である。現在の戸数は百戸あまり、上・中・下の三地域に分かれる。上に氏神である水越神社、下には東立寺がある。
 邑地町の水越神社における秋祭りの宵宮・本宮では氏子によってジンパイ(神拝)、翁舞、相撲が奉納される。本来は旧暦九月九日が本宮であったものを、新暦に移行してからは十月十七日、昭和六十三年ごろより十月の体育の日の前日に変更されている。
 ジンパイ(神拝)とは本来は神拝行事(渡御)における奉納芸という意味である。おもにビンザサラを用いた田楽系芸能であるが、相撲や競馬・流鏑馬など競技系芸能も合わせ伝えており、そのほとんどは著しく儀礼化している。邑地には、東山中の宮座による田楽記録としてはもっとも古い寛文元年(一六六一)の文書が伝わっており、当時、村人によって演じられた田楽は田楽法師らによる高度の芸態ではなく、芸態を神事用に整理した、現行の芸態に近いものであったことがわかっている。
 東山中の秋祭のお渡りは、春日若宮おん祭の奏楽者集団による社参の行列が秋祭に取り入れられたもので、おん祭のお渡りを構成する田楽や相撲、競馬、流鏑馬などが模倣され、再構成されたものだと考えられる。
 また、中世以来、村々の神社の造宮や遷宮においては翁を始めとする神事能が上演されていたが、近世では専業の能役者を招いて奉納する造宮の能を簡略化した翁の奉納が、毎年の秋祭におこなわれていた。邑地の翁舞は近代になって演者である猿楽の担い手集団の組織が消滅し、祈祷の翁を必要とした村落が地元住民による翁と能の奉納へと変遷していった事例としても興味深い。