• 支援額

    521,000

  • 目標金額

    500,000

  • 支援数

    29

  • 開始日時

    2019/07/21 00:02

    終了日時

    2019/11/30 23:59

  • 残り日数・時間

    4321時間27

即時課金形式:All in

⟨All in 形式⟩このプロジェクトは目標金額の達成に関わらず、決済されます。
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寄付控除あり
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メモリー・オブ・ハナノ - 日本臓器移植ネットワークへのご支援宜しくお願い致します

自己紹介 - はじめまして、小山徳道(おやまのりみち)と申します。2013年7月、娘、華乃(はなの)- 当時1歳半 - は、日本人で初めてシンガポールでの臓器提供者となりました。そして娘の臓器はシンガポール人2人の子供に提供されました。日本では、臓器を提供した側の家族が実名でインテビューに応じた初めてのケースであったため、新聞やニュース番組等の様々なメディアで取り上げて頂きました。

娘のことを、いつか書きたいと思っていたのですが、なかなか実現できませんでした。まさかこのような形で娘のことを紹介することになるなんて、今でも信じられません。色々と思い出すのが辛くて、心に蓋をしてましたが、娘が生きた短い1年半のこと、なぜ臓器移植に至ったのか、そして、この度ファンディング寄付をすることになった理由をお話させていただきます。

活発で積極的で、誰からも愛されていた娘 - 「お母さんといっしょ」を見ながら毎日笑顔で踊り、「はなちゃん、もうお買い物いくよ!」というと、おもちゃのネックレスを付け、ママの靴を履いて玄関で待っているオシャレが大好きな娘。「今も生きていてくれたら、もう小学生だなぁ。どんな娘になったか想像つくなぁ」と懐かしくなり会いたくなって急にたまらなく切なくなったり。こんな思いを今でも繰り返す日々です。

すべてが変わってしまったあの日 - 2013年6月29日、いつもと変わらない週末。遊んでいる時、華乃がプールで溺れてしまいました。プールサイドに横たわった娘の小さな体の周囲にみんなが集まり、「はなちゃん、はなちゃん、聞こえる?」っと体を揺すりながら必死で話しかけました。この時のこと、今でも、まるで映画のワンシーンを観ているかのように頭に浮かんできます。なんで、一瞬でも目を離してしまったのだろう。何も出来なかった自分に悔しくて・・・僕が、きちんと蘇生処置をできたら救えたかもしれないのに。

長い1週間の始まり - 娘は、夜中に専門の小児科医がいる病院に転院となりました。 1~3日目、最初の数日間は体を冷やし、脳の機能の回復を待つ低体温療法を受けました。人工呼吸器をつけることで心臓を動かしている、自発的呼吸ができない状態であることは理解していました。しかし、顔色や唇の色は事故が起きた時より、明らかに良くなっており、容態は回復しているように思えました。大好きだった「いないいないばあっ!」の曲を聞かせ、手を握って励ましたり、いつ意識が戻っても足腰が痛くなっていないように、妻と順番にマッサージを夜通し続けました。

3~5日目、検査で脳内に血液が流れていないことが判明しました。医師から「脳死状態」と説明を受けた後、「臓器を提供する意思はありますか?」という問いかけがありました。想定外の選択肢でした。即答などできるわけがありません。もう少し時間をくださいとお願いしました。絶対に助からなくなった娘の命が、死んでしまうかもしれない子供を救うならと、臓器移植コーディネーターとの面会を承諾しました。ただ、娘の回復だけを信じて待つ妻になんて説明をしよう。。。臓器移植の話を持ち出すことは、僕が諦めったってことになるのではないだろうか。臓器移植なんて考えている場合じゃない。他になにかしてあげることはないのか?世界中のお医者さんに相談したら、だれか助けてくれる人がいるのではないか?と色んな思いが錯綜する中、コーディネーターの方との話し合いは回数を重ねていきました。それでもコーディネーターの方には、妻には会わないでほしいとお願いしました。

6日目、他の病院の先生にセカンドオピニオン、サードオピニオンを聞きに行きました。また、日本の親族に脳外科医の医者がいたため、脳のCTスキャンの結果を送り見てもらうことができました。でも結果はやはり脳死という診断でした。最終的には、妻にも両親にも相談し、脳死判定の実施に全員が同意しました。

7月7日(七夕)、最後の日 - 正式な脳死宣告は、7月7日の朝でした。脳死宣告には、いろいろチェック項目が設けらており、上から順番に1つずつチェックをしていくとこになりました。耳に氷水をいれてみた際に瞳孔に反応があるかをチェックする検査などがありました。なんでこんなことになってしまったのだろう。惨めになり、そして娘がかわいそうで、周りにお医者さんが数人いましたが、ひとめをはばからず泣けました。検査をひとつひとつ実施していくことがあまりに辛く、でも、きちんと確認しないと、もしミスがあったら取り返しがつかないことになるという思いですべての項目のチェックを必死で見守りました。

7月7日、11:30、脳死宣告を終え、娘は脳死のため死去となりました。

まだ顔色もよく、眠っているように見えるだけの娘を連れて個室に移動しました。看護婦さんに、せめて最期にと「だっこ」をさせてもらえないか?とお願いしたところ、臓器提供のため、小さな身体につながれた無数の装置は外せず、許可が下りませんでした。そのため、小さなベットのよこに妻と代わる代わる添い寝をさせてもらい、首の下に手を入れ、そっと寄り添うように抱きしめて「今までありがとう。毎日華乃ちゃんのことを思うから、心配しないでね」と別れを告げた。パパもママもお兄ちゃんもみんな元気にしてるから、ゆっくり休んでて。あと数十年したらそっちに行くから。こんなパパの子供に産まれてくれてありがとう。生まれ変わったら、また家族になろうね。手術室まで付き添ったが、体が温かいままの別れとなりました。

日本臓器移植ネットワークへの支援  今年に入り、今後少しずつ臓器移植に関する正しい情報を発信したい、また、移植医療のことをより多くの人に知ってもらい、臓器提供の意思表示について考えるキッカケになりたいと考えるようになりました。いろいろと調べているなかで、公益社団法人 日本臓器移植ネットワークの活動について知りました。

日本臓器移植ネットワークは、死後に臓器を提供したいという人(ドナー)やその家族の意思を活かし、臓器の移植を希望する人(レシピエント)に最善の方法で臓器が贈られるように橋渡しをする日本で唯一の組織です。

日本臓器移植ネットワークによると、現在の移植待機者はおよそ1万4,000人。臓器提供によって救われるいのちは、年間約400人。わずか2%。これが日本における臓器移植の現状のようです。

特に、子どもはからだも小さいことから、大人の大きな臓器は移植することが難しく、さらにその数は少なくなります。このような背景があり、やむを得ず海外へ渡航して臓器移植をする子どものニュースをご覧になって心を痛めている方も多いと思います。

世界の臓器移植の事情をみてみると、人口100万人当たりの臓器提供数は日本では0.7人に過ぎず、これは米国の1/41(28.5人)、韓国の1/14(10.0人)です。日本は、自国で移植を受けられる機会が少ないといえます。

今回、私がファンディング寄付を始めた目的は、「多くの人に臓器移植に関する正しい情報をしってもらい、理解を深めて頂く」、また、 募金を募り、集まったお金で「日本臓器移植ネットワークの活動を支援させて頂く」ことです。

日本国内でいのちがつながれ、多くの笑顔と明るい未来を創るために、日本臓器移植ネットワークへのご支援をお願いします。

ファンディング寄付とは別に、娘のHP,メモリー・オブ・ハナノを立ち上げました。

http://www.memoryofhanano.org/home/ja

 

シンガポールとオーストラリアでもファンドレイジングを実施しています

シンガポールリンク https://www.giving.sg/singhealth-fund/in_memory_of_dear_hanano

オーストラリアリンク https://www.mycause.com.au/page/207724/in-memory-of-hanano

ファンドレイザー
小山徳道(おやまのりみち)

支援内訳

  • 支援総額

    521,000

  • このサイトで集まった支援

    521,000

  • その他の支援

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